起立性調節障害「学校へ行きたい」の言葉の裏側

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こんにちは、佐野です。今日は起立性調節障害で「学校へ行きたい」という割に、体調が良い日でも学校に行こうとしない子供の心理について考察してみたいと思います。

結論:「学校へ行きたい」を実現しようとして子供を追い詰めないように注意

起立性調節障害の子供の改善パターンを診ていると、通院開始当初の「学校へ行きたい」という言葉が、言葉そのものの意味ではなく、もっと複雑な心理から出てきている言葉であることがあるケースが結構多くあります。

起立性調節障害の子供は、自律神経症状に悩まされるものですが、体質的な自律神経の弱さや生活リズム、栄養などの問題とは別に、自律神経を乱す要因として心理的な問題を含むケースも少なくありません。

しかし、多くの場合、心理的な問題を話してくれる子供は少ないですし、自分で自分のストレスの原因を自覚できていない子供も多いので、原因がわかりにくかったりします。

神経系がまだまだ発達途上であり、自己の確立も終わっていない為、脳内の情報処理が不十分で、精神的にも未熟です。

その為、大人からは理解が非常に難しいのですが、「学校へ行きたい」という子供の言葉をあまりにもそのまま受け取ってしまうと、かえって子供を追い詰めることもありますので注意が必要です。

学校へ行く心のエネルギーが不足

学校へ行くには心のエネルギー(負の感情に負けないようにする力)が必要なのですが、体質的に自律神経が弱い子供だと、立っているだけ、座っているだけでもしんどいことが多いので、ただいるだけでも消耗してしまいます。また、頻尿や過敏性腸症候群などを持つ子供ですと、学校でトラブルがあったらというストレスと戦い続けることになります。

学校生活の○○が嫌だとはっきり自覚は出来ていないものの、漠然と学校にストレスを感じながら通学している子供もいます。感情を抑圧する性格の子供の場合、具体的な嫌なことがなければ、学校が嫌だと自分が自覚できなくなっており、「ストレス≒嫌なこと」というイメージから、自覚が全くない場合も多いです。

そして限界になってから、ある時から突然、学校へ行くことに耐えられなくなり、学校へ行けなくなります。

今まで学校へ行けていたのに突然・・・っという感じですが、今まで学校に行けていたのはかなり無理をして学校へ行っていたのです。

起立性調節障害が発症するタイミングの多くが長期休み後であったり、何か大きな大会が終わった後に発症するケースが多いといわれています。

学校へ行かなくてよい期間を挟んだり、心理的にやり終えた後は、再度学校へ行くためには大きな心のエネルギーが必要になる為、そのエネルギーを絞り出そうとしても、心のエネルギーが不足していて、自律神経症状が出てきてしまうのです。

友人や先生など、特定の○○が嫌だという、明確な理由がなく、漠然と学校というものからストレスをうけているのです。

急に子供が学校に行けなくなると親としてはハラハラドキドキしてしまいますが、子育ての仕方が悪いとか、そういうことはありません。

「学校へ行きたい」という言葉の裏には、自分でもうまく説明できない心のエネルギー不足からくる「学校へ行きたくない」が潜んでいることが多いのです。

学校へ行かせるべきか、行かせないべきか

学校へ行かないことが増えると、友人から変な目で見られないだろうか?勉強についていけるのだろうか?など、新たなストレスが発生します。

かといって、無理に学校へ行かせれば、自律神経にも負担がかかってより症状が重くなることもありますし、心のエネルギー不足もだらだらと長引きやすくなります。

長期間休むことで学校への復帰が難しくなる側面もあるため、専門家としても意見が分かれるところです。

どちらがいいのかは、ケースバイケースで、単純に症状を改善させることだけにフォーカスすれば、休ませるというのを、私はお勧めするケースは多いです。

もちろん、勉強が遅れれば進学や就職など、人生においてマイナスに働くこともあります。幸い現代はインターネットの発達で、勉強だけなら家に居ながらでも出来ます。

どの道、無理して学校へ戻すようにして体調不良が悪化させてしまえば、結局は同じように学校へ行けなくなるという結果になるので本当に難しいところです。

学校への復帰を目指すのか、新しい環境を整えるのか

施術を行って体調が改善してくると、すんなり何事もなかったかのように学校へ復帰していく子もいます。こういった子供の場合は起立性調節障害からくる体調不良がストレスで学校へ行けない主な理由だったと考えられます。

しかし、そうでない子供の場合は起立性調節障害からくる体調不良が改善されてきても、学校への復帰に大変な苦労が伴うことも多いです。

漠然と感じていたストレスだけでなく、長い間学校へ行っていなかったことで、友人からどう思われているのか、授業についていけるかなど、休んでいたことで不安がさらに強くなっており、学校へ行くというハードルがかなり高くなるのは確かだからです。

施術を行って体調が良くなってきてからも、「学校へ行きたい」とは言うけれど、実際には体調が良い日があっても学校へは行かないという子は結構な頻度で存在します。

再び元の環境(学校へ通うこと)に対する不安や恐怖に打ち勝つほど心のエネルギーがたまっていないのです。

起立性調節障害は、病気としての側面をけして無視してはいけませんが、それとは別に不登校の子供と同じ心理的な問題を同時に持っていることが(傾向ですが)多いのも見逃せません。

失敗談ではありますが、「学校へ行きたい」と初回の時に聞いていたので、その言葉を言葉尻通りにとらえて、体調が良くなってきて、ある程度早い時間から活動できるようになってきたので、部活だけでも、午後の授業だけでも学校へ行ってみたら?という提案をしたところ、途端に通院を渋るようになり、そのまま来なくなるという症例もあります。

「学校へ行きたい」という言葉を安易にそのままの意味でとらえて失敗した例ですが、「学校へ行きたい」という言葉の裏側には、行きたくない感情を認めてしまうと、怠けている、甘えていると思われるのではないか、行くように強要されるのではないか、という不安や恐れなど、複雑な感情が入り混じった結果出てくる言葉でもあります。

高校生の改善例で多いのが、頭痛などの症状は施術を行ううちに改善してくるが、学校のある日だけは体調が悪くて行けず、結局、出席日数が足りなくなって留年が確定し、単位制の高校への編入が決まったりすると、不安定だった体調が安定して、何事もなかったかのように、元気になる子も多くいます。

同じ環境へ戻る、再度学校へ行くというのは、かなりの心のエネルギーが必要になるようです。起立性調節障害の身体的な問題についてはケアが必要ですが、「学校へ行きたい」という言葉は、親や周囲の期待を裏切らない為に発している言葉だったり、怠けている、甘えていると思われる不安や恐怖からでてくる言葉なのではないかと感じます。

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